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仮説・持論・ニュース

2023年パレスチナ・イスラエル戦争 本当に知りたいこと

2023年10月、パレスチナ武装勢力のハマスがイスラエル側に数千発のロケット弾を発射し、戦闘員を侵入させたとして、イスラエル軍(ユダヤ人)が宣戦布告しました。


この戦争は、ユダヤ教イスラエル人とイスラム教パレスチナ人の、100年に渡る土地をめぐる戦争です。
複雑な背景もあり、お互い解決の糸口が見えない悲しい戦争です。
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ユダヤ教

古代イスラエルに発祥し、唯一神「ヤハウェ」を信じる一神教である。 
ユダヤ人を神から選ばれた選民とみなし、救世主(メシア)の到来を信じる。
 ヘブライ語聖書を聖典として先祖代々受け継ぐ集団である。
 ヘブライ語聖書は、キリスト教で旧約聖書と呼んでいるもので、ユダヤ教ではタナハと呼ぶ。
 
ユダヤ教は、紀元前586-538年にバビロニアに捕囚されたユダヤ人のエリートたちが、聖地エルサレムへ帰還したのち、バビロニアでの経験等を元に創作された歴史を持ち、後に現れる「キリスト教」や「イスラム教」の創作の元となっている宗教です。 
 ユダヤ教は律法(トーラー)であるモーセ五書「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」を重んじる律法主義の宗教です。

ユダヤ教の中心的な律法

  • モーセの十戒(Westminster Leningrad写本(欽定訳参考))

私はあなたをエジプトの地から、奴隷の家から連れてきたあなたの神ヤハウェです。
  1. 私の顔を差し置いて他の神々を思わないこと
  2. 上方にある天、下方にある地、地の下の水の中にあるいかなるものをも彫像にしたり画像にしないこと。それに敬意を示したり、世話したりしないこと
  3. あなたの神の名前を無に帰さないこと
  4. 神聖な(安息日)を覚えること。六日間労働し、あなたの神ヤハウェの土曜日である七日目は労働をしないこと
  5. あなたの父と母を大切にすること
  6. 殺人をしないこと
  7. 配偶者以外と性行為をしないこと
  8. 侵さないこと
  9. 他人について偽りの証を答えないこと
  10. 他人に対して欲張らないこと

「殺人をしないこと」とありますが、戦争は別で、モーセ5書の「申命記」に、下記の様な一文が存在します。

(第20章抜粋)
あなたがたが戦いに臨むとき
祭司は進み出て民に告げて
彼らに言わなければならない
『イスラエルよ聞け
あなたがたは今日敵と戦おうとしている
気おくれしてはならない
恐れてはならない
あわててはならない
彼らに驚いてはならない
あなたがたの神、主が共に行かれ
あなたがたのために敵と戦って
あなたがたを救われるからである』

ユダヤ人の特徴

ユダヤ人=ヘブライ人=イスラエル人
ヘブライ語を話す「ユダ王国」の民である事から「ユダヤ人」と呼ばれるようになる。
自らは「イスラエル人」と呼ぶ。

ユダヤ人の特徴は、律法を重んじることから、勤勉で労働を暇ない人物が多く、社会的成功者が多い事が言えると思います。
また、ユダヤ人以外からは利息をとっても良いと言う律法の教えから、金融業に就くものが多く、他には外交・貿易業に従事するものが多いのも特徴です。

ノーベル賞受者数 2023年時点で206人
世界人口のわずか0.2%しかいないにも関わらず、その割合は全体数の約20%以上
(日本人は29人、世界人口の1.6%で全体数の3%)

ノーベル物理学賞 
アルベルト・アインシュタイン 理論物理学者

その他のユダヤ人の有名人
18世紀ー19世紀
宮廷ユダヤ人銀行家
ロスチャイルド家 マイアー・アムシェル・ロートシルト

20世紀ー21世紀
マーク・ザッカーバーグ Facebook
スティーヴン・スピルバーグ 映画監督

ユダヤ人迫害の歴史

エジプト奴隷時代

旧約聖書の中で、ユダヤ人(ヘブライ人)迫害の歴史は、エジプト文明までさかのぼります。
それは紀元前14世紀末~紀元前13世紀の新王国時代「ラムセス2世」の時代と聖書研究者は位置づけています。
しかし、エジプト文明の出土品の中に、それを示す記述は一切発見できていません。

このエジプト奴隷時代からヘブライ王国(イスラエル王国)建国までは、聖書以外に残された遺跡等は一切発見できていません。

ユダ王国からバビロニア時代

ユダ王国がヘブライ王国(イスラエル王国)から独立。
バビロニア帝国に滅ぼされたユダ王国の民は、バビロニアへ強制連行(バビロン捕囚)。
エルサレム神殿破壊
紀元前538年 バビロニア帝国崩壊と共にエルサレムへ帰還。
バビロン捕囚時にトーラ(律法)を頼りに耐えたことやバビロニアでの経験をもとに、ユダヤ教を創作。

これらの時代にも、聖書以外のユダヤ人を示すものは現状ありません。

ギリシャ時代以降

ペルシャ王国~アレキサンダー大王と占領の歴史をたどったが、貿易や金融で活躍した様である。

ローマ時代

このころからユダヤと言う言葉が、旧約聖書以外でも散見されるようです。

66年ー73年 第一次ユダヤ戦争
多神教文化のローマに対して、一神教の特殊なユダヤ人を締め付け、ローマは圧政を敷く。
これに耐えられず、ユダヤ人を中心としたパレスチナの人々がローマに対して蜂起したが、結果は敗北。
エルサレム宮殿が破壊される。

132年ー135年 第二次ユダヤ戦争(バル・コクバの乱)
シメオンという人物が現れ、「星の子」(バル・コクバ)というメシア称号を自称するようになる。
ローマがエルサレムの名称変更やエルサレム神殿跡地にユピテル神殿という別物を建てようとしている事に反発し、戦争を仕掛けたが、最終的にエルサレムは血の海となり大敗する。

このローマ時代に、イエス・キリストが誕生し、パウロが内的啓示を受けたとされ、原子のキリスト教が生まれ分派します。
分派した原始のキリスト教は、ローマ帝国に歯向かうものではなく、受け入れられる様、律法を捨て、より庶民や帝国寄りになっていきます。

313年 ローマ帝国のコンスタンティヌス帝が出したミラノ勅令によってキリスト教が公認され、ヨーロッパに広がる。

元来ユダヤ教徒は、律法「トーラー」を守り、唯一神「ヤハウェ」しか信じず、教育こそが身を守る手段と考え、国家や支配者の為にする兵役を拒みます。
その為、国王や支配者を崇拝しないだけではなく、金曜日の日没から土曜日の日没までを安息日とし、この日は一切の労働が禁じられます。
「多くのユダヤ人は、勤勉で頭脳明晰で、週1日閉じこもって出てこない」
国家や支配者から見ると、兵役を拒み、集団で陰謀を企んでいると、妄想を抱かれることも多くあったようで、非常に使いにくい民族であることは容易にうかがい知れます。
逆に、この慣習を利用して、冤罪を押し付けてしまうような事もされたようです。

キリスト教信者からの迫害

キリスト教の新約聖書「マタイの福音書」によると、ユダヤ人のイエス・キリストがユダヤ教を批判し、異教を唱えた罪として、「キリストを十字架にかけろ!」「その報いは子孫にまで及んでも良い」などと口々に叫んだとされています。

キリスト教では、このくだりを信じ込ませ、ユダヤ人を「悪の人種」と見下し、迫害に至った経緯があります。
しかしこれは、あくまで「マタイの福音書」の一節であり、他の史実に証拠が残っている訳ではありません。

イエス・キリストはユダヤ人で、ユダヤ教の中で育ったのですが、ユダヤ教の律法主義に異を唱えます。
キリスト教は、旧約聖書を元に、律法に縛られすぎない新興宗教として、ユダヤ教に反発して作られた宗教と言えます。
故に新約聖書の中で、ユダヤ人(ユダヤ教)はキリストを十字架にかけた人々として描き、キリストを当時のローマ帝国やユダヤ教から救うメシア(救世主)としています。

そのためかユダヤ人は、特に第二次世界大戦以前のキリスト教の多いヨーロッパで、迫害の対象になりやすい歴史を歩んできました。

ナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーは、下記のように徹底してユダヤ人を否定し、排除・迫害した。
  • 聖書のユダヤ人が書いた部分を却下(旧約聖書の全てを含む)
  • キリストがユダヤ人である事を否定

パレスチナでのユダヤ人とアラブ人の対立

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独立前から現在に至るイスラエル(ユダヤ人とパレスチナ人)の勢力分布図

左から「イスラエル独立前」ー「国連による分割プラン」ー「第一次中東戦争終了時点での勢力分布」ー「ユダヤ人の入植や占領によるパレスチナの縮小」

1947年は、パレスチナが非常に多くを占めているように見えますが、黄色い部分の多くが居住地では無く、少なく見える白い部分にユダヤ人が集まってコロニーやコミュニティーを作っているので実際の人口割合は(ユダヤ人)3:7(パレスチナ人)程度。

国連プランは国土の60%くらいをイスラエルとしています。

1949年、第一次中東戦争後にイスラエルが支配下に入れた国土。

現在のパレスチナ領土は、イスラエル専用道路が網目の様に走り、ユダヤ人入植地にコミュニティーを完全に分断された、とても国家として呼べない、ましてや自治区としても非常に不完全な状態。
2020年、パレスチナ自治政府アッバス議長が、トランプ大統領の提示した和平案に対して「スイスチーズの様な案は受け入れられない」と揶揄するほど悲惨な状態にある。

エルサレムへの帰還の流れとアラブ人との対立の始まり

1800年代半ばから、ユダヤ人の一部で、聖地エルサレムへの帰還や、ユダヤ人国家の再興が唱えられるようになる。

  • 1901年にユダヤ民族基金の設立
民間からの寄付金などでアラブ人からパレスチナの土地を買い取り、将来的な建国のための土地を確保することを目的の基金で、アラブ人から買い取った土地に、松やヒノキといった木を植えることによって土地を使えないようにして、難民化したアラブ人が将来的にその土地に戻ってきたとしてもそこに住めないようにすることであったとされる。

  • アリアー(エルサレム帰還)の歴史
1982年 第一次アリアーでは3万5千人ほどが移住。
1904年 第二次アリヤーでは4万人ほどが移住。
1909年にはルーマニアからの移民がテルアビブを建設。
1919年 第三次アリアーでは3万5千人ほどが移住。
1924年 第四次アリアーでは5万人ほどが移住。
1932年 第五次アリアーでは20万人ほどが移住。
1940年 第六次アリアーでは15万人ほどが移住。

1918年 第一次世界大戦で敗れた、オスマン帝国のオスマン領シリア南部(パレスチナ)を、イギリスが委任統治を始める。

1930年代半ばには、ナチスを逃れたユダヤ人の大量移民と大規模な土地購入が続き、アラブ人の間の反ユダヤ感情は高まった。

1932年の時点で、パレスチナでのユダヤ人とアラブ人の経済格差は激しく、ユダヤ人の一人当たりの所得はアラブ人の2.6倍で、識字率(読み書き)は、ユダヤ人は86%に達した、一方アラブ人は22%に過ぎなかった。

ユダヤ人は、かつてエルサレムにあったとされるイスラエル王国の再建を求め、ユダヤ人の復権を望んでおり、アラブ人(パレスチナ人)は、ユダヤ人が大量に入植してくる前の自治権や参政権、土地の返還や平等な権利等を求めており、強硬派はどちらにも存在し、相手の殲滅や追い出すことを最終目的としています。

この土地(パレスチナ)は、紀元前のヘブライ人の王国(ヘブライ王国~イスラエル王国)、そこから独立した聖地エルサレムのあるユダ族の王国(ユダ王国)が消滅して以来、2,000年に及び、そのほとんどの時期を「時の大国」の支配に甘んじてきた歴史を持ちます。
バビロニア帝国ーアレクサンダー大王ーペルシャ帝国ーヘレニズムの帝国ーローマ帝国ービザンチン帝国ーイスラム帝国ー十字軍ーオスマン帝国ー大英帝国 など

パレスチナ人という呼称は、国では無く、その地域を指す古くからの呼称。

アラブの大反乱

ユダヤ人の土地の買い占めや大量入植を受けて、貧富の格差等に大きな不満を持っていたパレスチナのアラブ人労働者は、1936年4月から10月まで、長期間のゼネラルストライキに突入した。

同時に同年夏、多数のユダヤ人所有の農園や果樹園が破壊され、ユダヤ人市民も次々と襲撃されて殺された。

その後、反撃に打って出たイギリス軍とユダヤ人の共同戦線で戦況は逆転し、1939年3月に反乱収束時の犠牲者は、アラブ人5,000人以上、ユダヤ人400人、イギリス人200人で、アラブ人側の圧倒的敗北となった。

イスラエルの独立

第二次世界大戦後の1947年にイギリス(パレスチナを委任統治していた)は、それまで迫害やホロコーストを受け続けてきたユダヤ人を同情し、国際連合に第一次世界大戦後からくすぶっている「パレスチナ問題」として提訴。
国連はパレスチナを分割し、アラブとユダヤの二国家を建設する決議(パレスチナ分割決議)を採択した。

アラブ諸国は反対、ユダヤ人側とアメリカ・ソ連の対立する2大国は賛成
賛成33、反対13、棄権10で可決された。

しかしこの決議は不平等で、結果的には当時パレスチナに住む全人口30%程度のユダヤ人に約60%の土地を与えると言うイスラエルに有利な決議で、すぐさまパレスチナ人を同胞とみる中東諸国のアラブ人から怒りを買う。

イギリスは、決議後も収まらない両者の溝と、武力衝突の仲裁に疲弊していた為、国連に対し、委任統治を1948年5月14日で終わらせるという意思を公表した。

しかしながら、現状でイギリスが手を引くと、ユダヤ人側には国家誕生という悲願が達成されるが、アラブ人側は断固拒否しているので、エルサレムは血の海になることが予想され、非常に困難な将来が待っているとアメリカは危惧していた。

1948年5月14日、ユダヤ人の国としてイスラエルが独立宣言をした。

第1次から第4次中東戦争時代

中東諸国の反発は強く、イスラエル独立の翌日1948年5月15日に「第一次中東戦争」が勃発します。
翌年、この戦争で実質勝利したイスラエルは約80%の土地を奪う事となる。
そこから1973年の「第4次中東戦争」までの約25年間、イスラエル対中東諸国という形で紛争が絶えない。

第1次から第3次までイスラエルが勝利
第4次は最終的にイスラエルが逆転勝利し、痛み分けとなったが、開戦初期はアラブ側がイスラエルを圧倒した為、「イスラエル不敗神話」は崩された。

湾岸戦争時代から和平交渉まで

しかし、1980年からのイラン・イラク戦争、その後の1990年はイラクのクウェート侵攻、翌1991年アメリカとの湾岸戦争と、対イスラエルでは無く、中東諸国同士の緊張が高まり、イスラエルにまで手が回らなくなる。
そのおかげでイスラエルは中東諸国からの攻撃を受けなくなり、ノルウェー政府の仲介によりオスロ周辺でイスラエルとパレスチナは和平交渉に入る。

オスロ合意後から現在

Bill_Clinton,_Yitzhak_Rabin,_Yasser_Arafat_at_the_White_House_1993-09-13

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

オスロ合意調印後にラビン(左)と握手するアラファート

(中央はビル・クリントン)


ノルウェー政府の尽力でオスロ合意となり、ワシントンでアメリカのクリントン大統領と共にイスラエル・ラビン首相とPLO(パレスチナ解放機構)アラファト議長が宣言書に調印し握手をした。


暫定自治政府原則の宣言
  1. イスラエルを国家として、PLOをパレスチナの自治政府として相互に承認する。
  2. イスラエルが占領した地域から暫定的に撤退し、5年にわたって自治政府による自治を認める。その5年の間に今後の詳細を協議する。

一旦落ち着いたように見えたが、パレスチナを最終的に国家として認めるものではなく、暫定自治区止まりであった為に、実質はイスラエル軍が宣言通り撤退せず、引き続きヨルダン川西岸のパレスチナ暫定自治区内に「入植地」を拡大していく。
それは年々増加の一途をたどり、検問所やイスラエル人専用道路でパレスチナ人の集落を分断化し、パレスチナ人の往来を制限し、イスラエルの占領地を拡大していき、パレスチナ人を孤立化させていく。

一見、和平が成立して戦争終了かと思ったパレスチナ人も、このあまりにひどい状況に耐えられなくなるが、PLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長は、それでも和平に積極的に関与していく事になる。
それに反発するガザ地区を拠点とするパレスチナ武装勢力「ハマス」が、パレスチナ解放機構(PLO)主流派ファタハ系の武装組織である「アル・アクサ殉教者旅団」と、競うように自爆テロ戦術を激化させていく。
報復として、イスラエル軍はガザ地区に攻撃や侵攻を繰り返す。

戦いの構図の変化
オスロ合意以前 PLO(パレスチナ解放機構)VSイスラエル
オスロ合意以降 ハマス(イスラム過激派)VSイスラエル

2004年 PLOパレスチナ解放機構代表の交代

1969年からパレスチナ自治政府の元首とPLOの議長を兼ねてパレスチナの唯一最高の指導者として長年活躍してきたアラファート議長が病死し、反テロを掲げる穏健派として知られるマフムード・アッバース事務局長が後任の執行委員会議長に就任した。

イスラム原理主義組織ハマス
パレスチナ解放機構(PLO)主流派ファタハ系の武装組織である「アル・アクサ殉教者旅団」の若手グループで構成された武装集団
2006年 パレスチナ立法選挙で勝利
2007年 ガザの戦いの後、ガザ地区の事実上の統治当局となる

2023年パレスチナ・イスラエル戦争

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出典:REUTERS

2023年8月ごろから、ガザ地区の閉ざされた環境と生活水準の低さにパレスチナ住人の不満が爆発し、複数地域で数百人規模のデモが実施される。
ハマース当局はデモの中止や逮捕・拘留を行うが、住民の怒りは収まらない。

2023年10月7日、ハマスはイスラエルへの数千発のロケット弾攻撃とともに、ガザ地区近隣のイスラエル南部各地に戦闘員を侵入させて民間人多数を殺傷・拉致した。
対抗してイスラエルは軍を動員して反撃を開始、領域内のハマスを押し返した後、ガザ地区を閉鎖し、大規模な空爆及び地上侵攻を行った。
8日、イスラエルは正式にハマスに対して宣戦布告した。

この戦争に対してパレスチナ自治政府のマフムード・アッバース大統領は、当該攻撃には関与をしておらず、「ハマスは人質の即時解放をすべき」「ハマスによるイスラエル南部への攻撃を非難する」と表明している。

2024年1月14日双方当局発表
イスラエル死者数 1,200人以上(2023年10月中頃から全体数は未発表)
パレスチナ死者数 24,000人以上(内10,000人以上が子供)
パレスチナ負傷者数 60,000人以上

聖地エルサレム

イスラエルには、地理的要素として聖地エルサレムがありますが、これもアラブ人との対立を深くしている原因の一つです。

「ユダヤ教」「キリスト教」の聖地、そしてさらには「イスラム教」第3の聖地でもあります。
ユダヤ教にとっては、ユダ王国の神殿がかつて存在した場所(現在は嘆きの壁)
キリスト教にとっては、イエス・キリストが十字架にかけられた場所
イスラム教にとっては、ムハンマドが昇天した地(イスラム教聖地の中では3番目と低く、1番はメッカ)

小さな国内での領地の取り合い

実質、日本の四国ほどの面積の中で、二つの宗教が、土地と聖地エルサレムをめぐって奪い合いをするので、まったく落としどころが見つかりません。

イスラエル国の中にパレスチナ暫定自治区を作る構造の為、パレスチナ人にしてみれば、中国のウイグル族やアメリカのインディアンのような扱いとも言えます。
しかも、その土地が東西や南北で分けるのではなく、いびつ極まりない分け方で、往来を制限され、パレスチナのヨルダン川西岸はイスラエルの入植地として浸食され、パレスチナ人は商売や生活も自由にできない状態です。

ユダヤ人同士の確執

イスラエル建国には世俗的民主主義が根本にありながら、宗教的要素も色濃い。
しかしながら、解釈の違いではあるが、イスラエルにはユダヤ教の戒律を厳格に守る「超正統派」と日常生活を優先する、多くの「世俗派」が存在する。
そのためイスラエルには、ユダヤ教の戒律に基づき、超正統派の兵役免除制度が2014年まで存在しました。

イスラエルの超正統派ユダヤ教徒は、イスラエル建国を疑問視しパレスチナへの返還を訴える者も多くいており、国家や日常生活を優先する世俗派との衝突は、今現在でも存在する。

イスラエルの面積と人口

面積
約2.8万平方キロメートル(日本の四国より大きく九州より小さい程度)

人口割合
1947年 ユダヤ人3:7パレスチナ人 約60万人:約132万人
2000年 ユダヤ人6:4パレスチナ人 約600万人:約300万人
2023年 ユダヤ人6:4パレスチナ人 約950万人:約548万人

イスラエル王国からイスラエル国の歴史年表

年  代 旧約聖書のみで、他の史実で未確認のユダヤ人(ヘブライ人)
紀元前
旧約聖書に記されたエジプト王国の奴隷時代
紀元前1021年
旧約聖書に記されたヘブライ人の国 ヘブライ王国誕生
紀元前930年
ヘブライ王国が、南のユダ王国と北のイスラエル王国に分離
紀元前586年
バビロン捕囚でユダ国の支配者や貴族がバビロニア帝国へ連行され、ユダ王国滅亡
ユダ王国の民という事でユダヤ人と呼ばれるようになる
紀元前538年
バビロンからヘブライ人の帰還が始まり、エルサレムの神殿を再建
帰還したユダヤ人たちは、自分たちの宗教を再考し、物語を作り、ユダヤ教を確立する。
物語により、神ヤハウェはこの世界を創造した神であり唯一神である、と理解されるようになった。
年  代 聖書以外の史実で登場するようになるユダヤ人
紀元前332年
~西暦1881年
ギリシャ アレクサンダー大王の支配によりユダヤ人の迫害が始まる
以降、ローマ・ビザンチン・アラブ・十字軍による長年の迫害は続く
西暦1882年
~1939年
オスマン帝国~英国支配時代 
アリヤー(第1次~第5次)離散したユダヤ人が各国で迫害を受けパレスチナへの大規模帰還開始
(主にロシア・ポーランド・ドイツ)
西暦1939年
英国がパレスチナへのユダヤ人移住を以後厳しく制限
西暦1939年
~1945年
第二次世界大戦
西暦1947年
パレスチナ分割決議 国連がイスラエルの地にアラブ国家とユダヤ国家を創設することを提案
西暦1948年
パレスチナの崩壊とイスラエル建国
西暦1948年
翌日の5月15日、第一次中東戦争
アラブ連盟の5カ国がイスラエルを一斉攻撃
(シリア、レバノン、ヨルダン、イラク、エジプト)
西暦1970年
~1990年
イスラエルによるガザ地区やヨルダン川西岸への入植地建設が強まる
西暦1993年
ノルウェーの仲介でオスロ合意(パレスチナ暫定自治の原則宣言)
翌月にニューヨークでクリントン大統領、アラファト議長、ラビン首相が調印式
西暦1994年
ヨルダン川西岸地区およびガザ地区が共に「パレスチナ暫定自治区」となる
なおもヨルダン川西岸地区の多くでイスラエル軍の実質支配が続く
国際社会は、イスラエルのパレスチナ暫定自治区への入植行為を強く非難
イスラエルは宗教上の理由等を掲げ、ヨルダン川西岸で入植地を増やす
更に検問所やイスラエル支配道路を増やす
パレスチナ武装勢力がその状態に反発
イスラエルへの攻撃が活発化し、イスラエルはそれに報復攻撃
更にパレスチナ自治区を封鎖し、宗教などの理由で入植地を広げていく
西暦2003年
アラファート、ブッシュ大統領、シャロン首相がヨルダンのアカバで会談
アメリカの発表した平和のためのロードマップを実行することで合意した
しかし、パレスチナ武装集団ハマスらによるテロは一向にやまず
西暦2005年
ロードマップに基づき、ガザ地区からイスラエル軍・入植者が撤退
西暦2007年
パレスチナ選挙によって、ガザ地区にPLOではなくハマス主体の政府が誕生
 封鎖は更に強化
入植地は現在では非常に広大で、網の目の様にパレスチナ人の居住地を囲い、分断化
パレスチナ人の往来の自由を奪っている
西暦2023年
パレスチナ・イスラエル戦争
ハマスがイスラエルに対して大規模な奇襲攻撃を仕掛け、イスラエルが宣戦布告

編集後記

元々大国の支配下にあり続けたパレスチナ国民。
イスラエル独立時に、いや、今からでも、イスラエルがパレスチナ人に自治権を認め、国民として迎えられれば、対立は解消するやもしれません。
一部の過激派を除いたパレスチナ人はそれを望んでいることでしょう。

しかしながら、イスラエルが作りたいのは、他の宗教の介入しないエルサレムを中心としたユダヤ人(ユダヤ教)だけの国なのでしょう。
後ろ指を指されずに、律法を重んじながら生活できる国。

ただ、かつてそこからキリスト教が生まれてしまい、挙句の果てに迫害を受ける事となってしまった歴史を、更にはイスラム教が生まれ、現在も戦争を続けている歴史を、どの様にとらえているのでしょう。

先にも述べましたが、ユダヤ教の中でも既に、超正統派や世俗派があり、意見が分かれています。
古代慣習のみで、全てのユダヤの民が、これから生まれてくる未来の民も含めて、納得する事は不可能ではないでしょうか。

国を作ると、ユダヤ教の基本「モーセの十戒」すらいくつか背くことになるという事実があります。

原点回帰という言葉がありますが、まさしく人は原点を逸脱しながら生きてきたので、そのような言葉が尊重されてきたとも言えます。

歴史を繰り返さないためにも、その優秀な頭脳で答えを導き出してほしいものです。
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